そうやって、勝手にやたらインターネットに対して特別な気持ちを持って生きてきたわたしなので、性別も性格も年齢も環境も全く違う田町譲のことを、それほど他人だとは思えなかった。
田町譲は、へとへとになってブラックな毎日を過ごしている。そんなとき偶然見つけた、地味な元同級生のブログ。天龍院亜希子の日記。
天龍院亜希子の毎日のできごとが、誰に読ませるでもないような日記がかかれていた。
そんな日記を私も書いていた。
誰に読ませるでもないはずの日記。
いつか、誰かに読んでほしいという欲が出てきた日記。
そして今、10年たって、15年たって、個人日記の時代は終わって、SNSでつながっているネッ友は何人もいるけれど、当時よりだいぶ浅いお付き合いになっている。
目の前にいる人達のことを大事に思わなくちゃいけないのはわかっているのに、時々、目の前の人達より、インターネットの向こうの人達のほうを大事に思っていた。
あのとき、目の前にいない人の日記に励まされて、反対に励ますこともあっただろうと信じていて、すごく幸せな気持ちで過ごしていた。無敵だった。
その延長線の気持ちで、今も全然目が冷めなくて、インターネットに関わるお仕事をしていて、アップアップしているのに全然辞める決意ができないので苦しい。
そんなわたしに田町譲の恋人のお父さんがゆってくれた。
君が彼を信じようが、信じまいが正直彼には何も伝わらない。(略)君はマサオカを信じることで、自分が知り得ない誰かからの善意を信じることができる。自分が本当につらくて、どうしようもない時に、何の証拠がなくっても、もしかしたらこの世の誰かがどこかでひそかに自分を応援してくれてるかもしれないって呆れた希望を持つことができる
(安壇美緒『天龍院亜希子の日記』より)
マサオカは田町譲の憧れの野球選手です。
ありがとう、田町譲の恋人のお父さん。
これからもわたしは呆れた希望をもって生きていきます。
ところでこれ、第30回小説すばる新人賞受賞作なんですね。
新人賞おめでとうございます。今後ずっと楽しみな新人さん。
安壇美緒(あだんみお)さん。天龍院亜希子に負けないくらいかっこいいお名前です。
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